「若者・女性支援の現場と制度」―ひとりの困難から社会のあり方を問い直す
第3回くらしを拓く市民政治講座 ①
8月29日、オルタ館で「第3回くらしを拓く市民政治講座」を開催しました。
前半は、「若者・女性支援の現場と制度」をテーマに、鈴木晶子さん(NPO法人パノラマ理事、生活困窮者自立支援全国ネットワーク理事、NPO法人フリースペースたまりば事務局長)からお話を伺いました。鈴木さんは、ひきこもりの若者の家庭教師をきっかけに若者支援に関わり、その後、就労支援や生活困窮者支援、子ども・若者の居場所づくりなど、長年にわたって支援の現場に携わってきました。
20年前に出会った一人の若者から
講演の出発点となったのは、鈴木さんが20年前に出会った一人の若者でした。
長期入院している母親の転院について相談に訪れた彼は、母子家庭で育ち、子どもの頃から母親の世話を担っていました。高校卒業後も、母親のケアのために仕事を休まなければならないなど、様々な困難を抱えながら生きてきました。
今でこそ「ヤングケアラー」という言葉が知られるようになりましたが、当時はそうした概念も社会的な支援も十分ではありませんでした。
鈴木さんが大切にしてきたのは、「その人の目線から社会を眺めてみる」こと。
子どもが家族の世話をすること、病院や施設の手続きを家族が担うことを「当たり前」としてきた社会。しかし、その「当たり前」は本当に当たり前なのか。女性がケアを担うことを前提とした性別役割分業や、家族が支えることを前提とする社会の仕組みそのものに「問い」を立てる必要があると話されました。
「かわいそうな人の救済」ではなく、不平等な格差の是正
とても印象に残ったのが、鈴木さんの活動の軸となっている「社会的正義」という言葉です。
「かわいそうな人の救済」ではなく、「不平等な格差の是正」。
一人の若者が抱えていた問題を丁寧に見ていくと、ジェンダー不平等、子ども・若者の権利、障害のある人の地域生活、ヤングケアラー、身寄りのない人の問題など、いくつもの社会課題が重なり合っていることが見えてきます。
「複合的な困難」と一言で言ってしまいがちですが、その人や家族がどんな歴史を抱え、なぜ今の状況に至ったのか。一人の人に徹底的に付き合うことで、制度の隙間や社会の構造そのものが見えてくるのだと思います。
制度を知り、使い切る。そして、ないものはつくる
支援の現場で大切にしていることとして、鈴木さんはまず「よく知ること」を挙げました。
すでにある制度も、理念や想定どおりに機能すれば支援につながるものは少なくありません。実際に、この若者のケースでは、月10万円を超えていた母親の医療費について、生活保護制度の「急迫保護」を活用することで負担を終わらせることができたといいます。(ただし、辛い決断も必要だったのですが・・・)
だからこそ、まずは既存の制度をフル活用すること。同時に、制度が本来の役割を果たすよう働きかけることも必要です。
一方、制度や窓口、給付が細分化され、増えれば増えるほど、困難を抱えている本人には「どこに行けばいいのかわからない」という状況も生まれています。
必要なのは、制度を増やすことだけではありません。「つながる支援者」、信頼できる関係に基づく連携、アウトリーチ、そして分かりやすい伝え方など、どうすれば本当に支援が届くのかを考え続けることが大切だと話されました。
そして、それでも必要なものがなければ「つくる」。
小さな事業から自治体、国の制度まで、現場で見えてきた必要性をデータと言葉にし、形にして伝えていく。
その実践は、各地の支援者との連携を通じ、内閣府のパーソナル・サポート・サービス事業、さらに現在の生活困窮者自立支援制度へとつながっていきました。
何度でも支援につながれる社会に
質疑では、若い女性の支援についても話が広がりました。
生活を立て直そうとしても、風俗などで一度にまとまった収入を得る経験があると、一般的な就労へ移ることが難しい場合もあること。また、安定した暮らしそのものを経験する機会が乏しかった若者もいることが語られました。
そこで大切なのは、一度の支援で「立ち直る」ことを求めるのではなく、何度離れても、また支援につながることができる関係をつくること。すぐに全てを変えるのではなく、まず危険を少なくする「ハームリダクション」の考え方も紹介されました。
講演の最後に示されたのは、
「絶望の山から希望の石を切り出す」
という言葉でした。
目の前の一人から逃げず、諦めずに向き合う。そして、その人が抱える困難から社会を見直し、制度を使い、必要なら制度そのものを変えていく。
支援と市民運動、そして政治のつながりを考えさせられる講演でした。
政治をその道具として使い切っているか。
私たちの活動には、その役割があることを胸に刻みたいと思います。




